経済学を学ぶ意義

准教授 山重慎二

「経済学って何でしょうか?」 学生に聞かれることの多い質問ですが、なかなか適切に答えることが難しい質問です。おそらくその答えは、経済学者によって異なっていて、完全なコンセンサスを得られるような答えはないでしょう。そして、「経済学とは何かという疑問に対する答えを探すことが、経済学部で学ぶことなんだよ」とおっしゃられる先生方もおられるでしょう。

しかし、少なからぬ数の学生が、「経済学って何でしょうか?」と聞く背景には、「どういう姿勢で経済学を学んでいったらよいのかよくわからないんですよ」という切実な訴えがあるように思われます。また、学生に限らず、一般にも「経済学って何なの?」と思われているような気もします。その意味では、われわれ経済学研究科の存在意義を示すためにも、「経済学って何?」という疑問に対する答えを、何らかの形で示しておくことには、重要な意義があるように思われます。

私自身は、経済学とは、「効率性(資源の有効活用)あるいは公平性(社会的正義)といった観点から、様々な経済現象を分析する科学」とまとめられるのではないかと思っています。対象とする経済現象や分析手法などの相違によって、同じ経済学でも色々な分野に分かれますが、「効率性・公平性」といった観点で、「社会全体から見たときの個々の経済現象の意味を探る」という視点は、経済学の根底に流れる視点であるように思われます。

そして、そのような『経済学的視点』を身につけるということが、大学において経済学を学ぶ重要な意義の1つだと思われるのです。すなわち、経済学者が時には奇異に思われるモデルなどを用いて社会を単純化しようとするのも、個々の経済現象の持つ意味を社会全体の中で理解しようとしているからであり、学生はそのような訓練を繰り返し行う中で、「社会全体から見たときの個々の経済現象を理解する」という経済学的視点を身につけることが期待されているのです。

しかし、そのような経済学的視点を身につけることには、本当に価値があるのでしょうか。確かに、経済学部のいくつかの講義では、様々な現実の経済問題を分析・議論することで、社会に出てすぐ役立つ知識や理論も教えられていますが、それと同時に、ほとんどの講義では実際の経済問題とは直接結びつかないような抽象的な議論も多く行われ、そこで学生が躓き、(そのような議論を理解する意義がわからずに)勉強意欲を失うケースが見受けられます。しかし、そのような(学生の関心を失うという)リスクを犯しながら、我々が抽象的思考を学生に要求するのは、まさに「社会全体から見たときの個々の経済現象を理解する」という「経済学的視点」を大学で身につけることに大きな価値があると考えるからです。

例えば、公平かつ効率的に世の中を良くすることが期待されている政策に何らかの形で携わる人たちにとって、この視点が重要であることは、おそらく明らかでしょう。政策を評価・立案する際には、「社会全体から見たときに公平か、効率的か」といった視点は欠かせないからです。

では、いわゆるビジネスの仕事に携わる人たちにとってはどうでしょうか。確かに「経済学的視点」は、実際の仕事には直接は役立たないかもしれません。しかし、ビジネスの中で様々な意志決定を行なわなければならない立場に立った時、消費者や企業が経済全体の中でどう行動しているのか、そして、自分たちの意志決定が経済全体の中でどのような意味や効果を持つのか、という問題について論理的に考え、人に説明できるようになることは大切なことでしょう。経済学部の卒業生でビジネスの世界でも成功している人が少なくない理由の1つは、その辺りにあるのではないでしょうか。(右図を参照してください。)

(出所)東洋経済別冊『役員四季報(上場会社版)』2001年版 東京経済新報社

そして、どのような職業に従事することになるにせよ、人々が経済活動を営む限り、上記のような意味での「経済学的視点」を大学時代に身につけることは、その人の一生の財産になると思われます。ややキャッチフレーズ的になりますが、大学で経済学を学ぶということは、『経済を見る目を養う、経済を分析する力を身につける、そして経済を創造する心を育む』ということではないかと思います。そして、大学でそのような(基礎)訓練をしっかりと行ってきた人たちを社会が見逃すはずがないでしょう。

言うまでもなく、ここに書かれているのは、「経済学とは何か」という難しい質問に対する1つの答えに過ぎません。それは、平均的解答でも模範解答でもないと思います。ただ、「何のために経済学を勉強しているのだろう」と悩んでいる学生、「経済学部に入学すると何が身に付くのだろう」と考えている受験生、あるいは、「修士号や博士号を持つ経済学部の学生から何が期待できるのだろう」と思っておられる企業の方々などに対して、1つの参考となれば幸いです。