【2010年をふり返って】

 
少し早いが、個人的な事情もあって、今年を振り返ってみたい。昨年末に執筆した「2009年をふり返って」の前半は、以下のように書いている。


 2009年は,将来からふり返ってみると,ターニングポイントに見える年となるのでないだろうか。
 日本経済について実質為替レートや株価収益率の動向を見ると,株価をはじめとした資産価格,物価水準,為替レートが長期均衡の近傍にある判断してよい。実態経済に関わるGDPをはじめとした経済指標も,おおむね長期均衡にあると考えてよいであろう。
 経済モデルの上では長期均衡にあるマクロ経済変数は一定の値に留まってスタティックな動きしか見せないが,国内外で競争にさらされている現実の経済,特にミクロレベルでは,各経済主体のダイナミックな行動が長期均衡を支えているのである。
 しかし,マクロ経済変数が成長することに慣れてしまったわれわれには,長期均衡にある経済環境がかならずしも心地よい状態でないかも知れない。それどころか,現状に対して不適応症状を起こす可能性さえある。一方では,経済が失速しないかと心配が絶えず,他方では,経済が成長しないことに苛立ちがつのる。そうした心配や苛立ちが高じると,「成長しない現状」を全否定しようとする。政権が交代しても,成長戦略やデフレ脱却が主要な政策テーマとなるのも,人々の現状に対する強い苛立ちを反映しているからであろう。
 先ほど,今がターニングポイントではないかと言ったのも,われわれが長期均衡にある現状にどのように適応しようとするかによって,今後の日本経済の姿はずいぶんと変わったものになると思うからである。
 もし,長期均衡への適応を最初から封印して,従前通りに「成長すべし」という発想で貴重な資源をもろもろの政策に投じていくと,まったくの無駄骨となるか,あるいは,たとえ短期的に功を奏しても,2002年以降の5年にわたる景気回復が頓挫したのと同じことを繰り返すであろう。
 代替的な対応は,もちろん,長期均衡状態に前向きな意味で慣れていくことである。先述のように,長期均衡への適応は,ただじっとしていて何もしないことではない。現在の状態を維持するのにも,経済主体は競争を勝ち抜いていかなければならない。その点は,経済が安定していようが,成長していようが,まったく違わない。
 それでは,何が本質的に違ってくるのか。成長を前提としないと,各経済主体が目の前にある課題を解決する姿勢がまったく変わってくる。正面から課題に取り組まざるをえなくなる。



 
今年は、寄稿も、講演も、基本的にお受けしないと決意した一年であった(もちろん、どうしてもお断りできない義理もいくつかあったので、残念ながら、例外を伴う基本原則となってしまったが・・・)。その結果、一般の人たちに向けて書いて出版媒体を通じて公にしたものは、筑摩書房から出版した新書(『競争の作法:いかに働き、投資するか』、2010年6月)と日本経済新聞に寄稿したもの(「低生産性・高コスト脱却を」、日本経済新聞『経済教室』2010 年8 月13 日)だけであった。ただし、ダイヤモンド社から2度ほど受けたインタビュー記事が同社のオンライン誌に掲載された(6月分10月分)。
 いずれのものも、「2009年をふり返って」で述べたことに若干の肉付けをして焼き直しているにすぎない。私自身は、立派に経済学の理論に基づいて議論していたつもりなのだが、そこで用いていたものが、裁定条件とか、平価関係とかという、長期状態において成り立つことが期待される条件であり、あまりに基本的な、したがって、単純で平易なツールだったので、かえって先端理論からの裏付けが薄弱なように受け取られた面もあった。しかし、公で議論する空間では、できるだけ基本的なものに依拠して議論できる素材であれば、そうする方が断然に良いと思っている。多くの人々が参加する場において、生半可な知識で先端的な研究を披露しても、人々を惑わすだけであろう。先端的な研究に関する議論は、アカデミズムの場で徹底してやればよい。
 なお、裁定条件や平価関係といった基本的なツールをフィルターとして現実を観察することが、現在進行形で政策論争にも大いに役に立つのではないかということは、次の2つの小論でも書いてみた。すなわち、「長期均衡への収斂としてみた金融危機:金融システム改革へのインプリケーション」、『フィナンシャル・レビュー』(2010 年第3 号)と、「討論4  人間研究と新古典派経済学との距離感覚について:オーソドックスな経済学を擁護する立場から」,『日本経済学会75 年史:回顧と展望』(2010 年10 月,有斐閣)である。多くの科学と同様に経済学でも基本的なツールが社会でもっとも役立っているのだと思う。

 これまでに比べれば、自分自身の一般向けの言論活動に対してはるかに明確な線引きをしたことで、アカデミズムとジャーナリズムのそれぞれの領分とその境界線も、おぼろげながらであるが、見えてきたことも、今年の大きな収穫であった。何となく考えたことの一部は、「週刊・原稿用紙4枚まで評論」のページにもエッセーをアップした。
 要するに、「アカデミズムは、厳格な評価基準の下で専門研究を競う場である」、「ジャーナリズムでの研究者の発言は、専門研究で培われた見識が担保となっていなければならない」という、至極当然の結論を改めて確認した一年であった。もちろん、市場社会であるので、高度な(?)知識の高価な売買ということも当然あって、専門家があからさまな売文業に陥ってしまう危険はいつでもある。アカデミズムとジャーナリズムの両側から、そのような危険をできるだけ回避していくことこそが、両者の社会的な責任なのだと思う。
 また、『日本経済学会75年史:回顧と展望』の編集を通じて、アカデミズムの質を長く守っていくことは、当事者たちの並大抵の努力ではかなわないことも痛切に感じた。編集後記的なエッセー(『書斎の窓』へ寄稿を念頭に書いたが、結局は取り下げた)にも、そのことを記した。そのエッセーの最後に、次のように書いてみた。


 今後、われわれは何をなすべきなのであろうか。回顧編で自分たちの出自を明らかにし、展望編で今後の大まかな方向性を打ち出すことを試みた後にあっても、おそらくは何も変わらないのであろう。一九七〇年代の会員の多くが『季刊理論経済学』に対して期待したように、国際的な評価に耐えうる舞台(注:現在の学会機関誌であるThe Japanese Economic Reviewを指している)においても、日本経済と国際経済の現実を真正面に見据えた経済学研究を持続するしかないのでないだろうか。


 どの分野でも改革、改革と騒がしく、非現実的な案を持ち込んだり、小異をことさらに強調したりと、時間がいたずらにすぎていくが、やるべきことは、今も、昔も、たいして変わらないのでないだろうか。やるべきことが明らかなのにもかかわらず、そこから目を背けることが、「構造改革」というお題目を唱え続けることの内実でないだろうか。(2010年11月17日)





【2009年をふり返って】
2009年は,将来からふり返ってみると,ターニングポイントに見える年となるのではないだろうか。続き

【2008年をふり返って】サブプライムローン問題に起因する金融危機に関する雑感】2008年はマクロ経済学や金融論を専門とする経済学徒にとって試練の年だったと思う。続き

エッセーのページ
ホームのページ